実家のこと  母親の存在②

おはようございます~!昨日の続き、お話ししますね~☆

 

①のつづき。

 

母に唐津に遊びに行くのを止められてから、、、。の話。

 

唐津に行きたいことを告げると

 

めちゃめちゃ文句を言われるが、私も怒鳴りたい気持ちを抑えて、静かに懇願する。

 

「今しか会いに行けないかもしれないから、お願いだから行かせてください」と。

 

あーーむりだろうな~。ちょっと弱気になっていた私。お風呂に直行。

 

そこで、、

かばってくれたのは父。

私がお風呂に入っている間の話し合いを盗み聞きすると、

 

母「信じられない。こんなに寒いのに、電車でコトナも疲れるのに、何考えてるんだか?ねえ、どう思う?いつもいつも、どこかに行きたいっていう、大人しくできない、病的だわ!!」
あーー、正直腹立つ!!苦笑!

ここまでボロボロに言われて、ちゃぶ台ひっくり返さない私自身に拍手!笑。


父「いーじゃないか。行きたいって言ってるんだから。せっかく福岡まで来てるんだし、行かせてあげれば」

 
母「でも、寒いし、二日連続でことなもシンドイだろうし、嫌がるに決まってるだろうし」

↑母よ、なんの根拠があってそんなことを言うか( ̄▽ ̄;)

 

父「そんなもんわからんやろ!!好きにさせてあげたらいいやんか!そんなもんで風邪ひかんやろー!好きにさせてやったらいいやんか!!車でなく電車で行くんだし。」

そんなやりとりがなされていました。

 

さてさて、お風呂から上がると、、

「唐津は何時くらいに行くの?」

と私に尋ねる母。折れてくれました。

 

母→囲いたがる、レールを外してほしくない、ブレーキをかける

父→相当な危険がない限りは子供を遠くから見守る

 

こんな感じで、父母の関係、30年以上バランスとられています。

 

30代でも、幾つになっても・・・・・

 

母にとって私は、何をしでかすかわからない子供であり、

そして、私の母に限っては特に、

「自分の範疇に置いておきたい気持ち」が強いよう。
一種の束縛ともいえるのかなと。

 

そんな環境で育った私の過去を振り返って考えると、

だからこそ、いつしか反骨精神で飛び出したくなったんだろうな。

母の歩んで欲しいと思えるような生き方、人生から、

あえて外れたくなったんだろうなと思うことがいくつかある。

 

とは言えども、なんだかんだで仲はいいんですけどね。

私にとって母親って、

好きだけど、大事に思っているけど、頼りにしてるし信頼しているけれども、どこかになんとも言えない溝がある存在。

 

それを埋めようと、自分自身が認めてもらいたくて、母親になった今、新しい母親の在り方を見せたくて、

今必死で自分は目の前の「やりたいこと」に向かって走っているのかもしれないなと感じる。


反面教師で生きている自分がいるなと、改めて母親の存在の不思議さを考えている今回の帰省です。

 
そんなわけで、今回は長々と。

母という存在について想うこと

でした。

 

この、心にある、「もやもや感」をまとめたくて。

私の生きてきたルーツでもあるから。

 
次は絶対に食べ物ネタ書きますね!

この話、読んでくれてありがとうございました( ^ω^ )

 

 

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